- 「バレエの変容と五つの個性〜バランシン、ベジャール、ノイマイヤー、キリアン、マリファント
- (財)日本舞台芸術振興会主催 「シルヴィ・ギエム・オン・ステージ2005」公演プログラム 2005年11月, pp.44-45.
今回の公演の上演作品を振り付けた5人の振付家は、バレエの技法への距離の取り方はさまざまであるが、それを振付の起点としていることは共通している。同時に、いずれも強い個性でパフォーミング・アートとしてのダンスの可能性を押し広げた振付家たちだ。比較対照のためにわかりやすい形容句を与えるならば、バランシンは音楽的、ベジャールは哲学的、ノイマイヤーは演劇的、キリアンは絵画的、マリファントは詩的である。
生没年などのデータは表にまとめたので、以下では、彼らのバレエ史における位置、作品の傾向、振付の特徴を、本公演で上演される作品の紹介を交えながら解説しよう。
バランシンは、プロットレス・バレエ(物語のないバレエ)を創始して20世紀舞踊の土台を固めた振付家である。バレエ表現の純粋化を企て、それに普遍性と効率を与えたという点で、バレエのモダニズムを完成させたと言ってもよい。彼の作品に対する常套句は「音楽の視覚化」。たしかにダンサーの個々の動きと全員の配置が、音楽のリズム、メロディー、ハーモニーと見事に調和しているのみならず、楽曲の構造さえも反映している作品が多い。
振付の特徴は直線と速度。手足の描く軌跡はまっすぐで、きびきびとたたみかける動きが鮮烈な印象を与える。あくまでバレエの技法を尊重して振り付けているが、19世紀末のロシアの技法をそのまま継承したのではなく、それに速さと広がりを与えて独自のメソッドを確立したのである。
チャイコフスキーの「組曲第3番」第4楽章に振り付けた『テーマとヴァリエーション』は、音楽そのものをバレエのかたちにした代表的な作品。華麗な群舞を支えている幾何学的な構成美が見事である。
ベジャールは、旺盛なる実験精神をもってバレエの領土を大きく開拓した20世紀舞踊の重鎮である。神話と儀礼、共同体と革命、偶然と必然、生と死など、つねに哲学的なテーマに動機付けられながら、観客の目を楽しませる壮大なスペクタクルを仕立てる達人だ。異文化への関心が強く、自らイスラーム神秘主義のスーフィズムに改宗したのみならず、インドのヒンドゥー教、日本の禅宗などの造詣も深い。
振付の特徴は重力と圧力。土俗的、原始的な舞踊の動きを積極的に取り込んで、例えば腰を割ったり、寝転がったり、床を踏みしめて大地へ向かう動きが用いられている。このような非バレエ的な所作がバレエの動きに巧みに接続されていて、ダンサーの生命の躍動が舞台空間へ圧力をかけているような感覚を覚える。
『春の祭典』は男女の欲動がおおらかにぶつかりあう生と性の讃歌、『ドン・ジョバンニ』は不在の男性を巡って女性たちのロマンスが渦を巻く謎めいた作品、『ギリシャの踊り』はギリシャの現代作曲家テオドラキスの音楽を使ってギリシャそのものを題材にした作品である。
ノイマイヤーは、バレエによって人間のドラマ、人生の機微を描くことを窮めた振付家。この点で物語を排除したバランシンと対照的であるが、多才なノイマイヤーはプロットレス・バレエも少なからず振り付けている。それでも彼の真骨頂は演劇的な作品にあり、骨太な構造のスペクタクルを創作している点で、ベジャールとの共通項を見出すこともできる。
振付の特徴は求心性と緩急。バレエらしい伸びやかな外へ向かう動きに、からだの中心へ引きつける巻き込むような動きを組み合わせることによって、登場人物の情念や心理を表現するのが達者である。また、緩急の使い分けによる緊張感の演出が、とりわけパ・ド・ドゥにおいて顕著である。
『スプリング・アンド・フォール』は、どちらかと言えばプロットレスであるが、季節のうつろいに人の生涯を二重写しにした作品。題名も「春と秋」、「跳躍と転倒」のダブル・ミーニングである。
キリアンは、バレエとモダンダンスの対立を止揚して、人体による造形美、動線美の水準を著しく高めた天才。光と影による繊細な演出、視覚的な美しさへの耽溺は、絵画的と言ってよい。物語にこだわらず、優れた音楽性によって舞踊表現を純粋化した点ではバランシンの後継者である。クランコが率いたシュツットガルト・バレエ団の出身なので、ノイマイヤーとは同窓の間柄。
振付の特徴は波動と流線。四肢は伸びては縮み、アクセントをつけて波打ちながら、なめらかな曲線を描き続ける。パ・ド・ドゥでは、入り組んだ曲線のからみあいが、細密画を彩る装飾文様のように美しい。また、グラハム・メソッド、アボリジニアン・ダンスなどを消化して編み出された小動物か昆虫のような風変わりな動きも面白い。
『小さな死』はキリアンの美意識の横溢した作品。性のエクスタシーの描き方がベジャールの『春の祭典』と対照的で興味深い。『シンフォニー・イン D』はキリアン作品としてはやや異色であり、筋立てがあって滑稽味の効いた作品。
マリファントは、新しい身体の語り口を摸索し続けている気鋭の振付家。日本には昨年秋に紹介されたばかりである。彼の作品には、強く内省的な感情を呼び起こす象徴詩のような喚起力がある。派手さがなく控えめな作風は、ベジャールやノイマイヤーのスペクタクルと対照的。静謐さと厳粛さを重んじた演出、光と影へのこだわりはキリアンに通じている。
振付の特徴は円弧と螺旋。身体の各部位で描くゆっくりと大きな円、すばやく小さな円、それらいくつもの円が重なりあい、渦をなして舞台にエネルギーが蓄積されてゆく。中国の太極拳、インドのヨーガ、ブラジルのカポエラを研究して開発した動きである。
『TWO』は、ダンサーをわずか2メートル四方の空間に閉じ込め、振付から跳躍と回転を封じた恐るべき作品。幕切れのカタルシスがすばらしい。新作『PUSH』では、いったいどんな新境地を見せてくれるのだろうか。